19.アドラーは相手が、自分をどう思うかは 「相手の課題」

19.アドラーは相手が、自分をどう思うかは「相手の課題」としています

たとえば、同僚のAさんに、親切にしてあげたとします。
忙しいのに仕事を手伝ってあげたとか、長時間、相談に乗ってあげたなど。
ところが、Aさんは感謝しないばかりか、手の平を返したような態度に出たとします。
その後は、無視するような態度を取ったり、馬鹿にするような態度を取ったり。

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このような場合、 「課題の分離」 を、どのように進めるべきなのでしょうか。
ここで、 「Aさんの取った態度によって、もたらされる結果を、最終的に誰が引き受けるのか?」 について、考えてみましょう。
Aさんは、やがて誰にも相手にされなくなる可能性があります。
だから、Aさんが示す態度がどうあるべきかは、Aさんの課題 であって、自分の課題ではありません。

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それでは、自分の課題はどこにあるのでしょうか。
それは 「Aさんの態度や、Aさんという人間に対して、自分がどうあるべきか」 にあります。
具体的には 「今回の件について、どのような態度で臨むのか」 「今後はどのように関わっていくべきか」 にあります。
その 最終結果は、自分が引き受けなければならないので、よく考えて、善処すべき ではないでしょうか。

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省みる点として、Aさんに対する親切が、度を越したものであれば、Aさんの課題への介入だった可能性が挙げられます。
また、 「Aさんから感謝されたい」 という気持ちがあるとすれば、それもAさんの課題への介入になります。
Aさんが自分に対して感謝するかどうかは、もともとAさんの課題ですから。
このように 「課題の分離」 を進めれば、対人関係における悩むは、激減する のではないでしょうか。

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この本には、次のように書かれています。
自らの生について、自分にできることは、 「自分の信じる最善の道を選ぶこと」 、それだけだ。
その選択について、他者がどんな評価を下すかは、「他者の課題」です。
自分の意思ではどうにもならないことなので、自分から切り離すべきでしょう。

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このようなことまで、コントロールしようとすると、人生は重たいものになります。
だから、 「他人が自分をどう思うかは、他人の自由」 と割り切ることです。
すると、 「自分が他人をどう思うかも、自分の自由」 であることに、確信が持てるようになります。
つまり、 他人の自由を認めることによって、自分の自由も手に入れることができる のです。

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