2022年05月一覧

明治の日本人はヨーロッパ人の使い走りで操り人形レベルが現実の姿!

明治維新の工作は、日本人に気づかれないよう、あくまでも秘密裏に行えと、指示しているのです。維新の志士達は、どこが尊皇攘夷なのでしょうか、尊皇攘夷どころか、大英帝国やロスチャイルド、ジャーディン・マセソン、サッスーンの使い走りで、操り人形であったのが現実の姿であったと、私は思います。

坂本龍馬の薩長同盟は全てロスチャイルドとグラバーで出来ていた

亀山社中は1865年の5月に設立し、7月には既に7300挺の銃のビッグビジネスを長州と成立させていますが、常識ではこのような事はありえません。これは、長州藩の井上聞多(井上馨)と伊藤俊輔(伊藤博文)が長崎でグラバーと会ってミニエー銃4300挺、ゲベール銃3000挺の購入契約の話を既に済ませており、坂本龍馬の亀山社中はダミーとして通っていただけであるからなのです。

三菱財閥は坂本竜馬が残した仕事を岩崎弥太郎が貰っただけの会社です!

龍馬暗殺をさかいに、グラバーは岩崎弥太郎と密接なビジネスパートナーとなってゆき、グラバー商会倒産後は、三菱の顧問となっています。日本で最初のビール製造工場は、明治はじめにアメリカ人ウィリアム・コープランドとウィーガンドが横浜山手の天沼に設立した 「スプリング・ヴァレー・カンパニー」 ですが、三菱の顧問をしていたグラバーが、工場買収を買収して資本金5万ドルで 「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」 を設立しました。これが後に、三菱の麒麟麦酒株式会社へと発展してゆきますが、この会社のシンボルマークが何故麒麟なのか?  

三菱財閥は坂本龍馬が暗殺されなかったら今日の三菱財閥はなかったのである

三菱は、三井や住友のような老舗の財閥とは異なり、明治維新のどさくさに紛れて、政治家や軍事産業と密接につながり、デタラメをやりながら出来た財閥と言えます。 確かに創始者は岩崎弥太郎に違いありませんが、坂本龍馬がいなかったら、また暗殺されなかったら、今日の三菱財閥はなかったでしょう。話を龍馬暗殺に戻すと、このように、グラバー、ジャーディン・マセソン商会、薩長両藩のみならず、土佐藩の後藤象二郎や岩崎や太郎も、坂本龍馬暗殺の恩恵を蒙っており、暗殺に関わっていても不思議ではありません。 

坂本龍馬はロスチャイルドのマセソン商会に利用された男にすぎない!

坂本龍馬は商売をやった事がないのですから、突然にこのような大型の海外貿易の実務が出来るわけがありません。 それ故、亀山社中の実務は、グラバー邸から少し降りたところにある長崎の豪商の小曾根英四郎(こぞねえいしろう)がグラバーによって選ばれていたのです。すなわち、坂本龍馬の薩長同盟も亀山社中にしても、全てロスチャイルド、ジャーディン・マセソン、グラバーで全て段取りが出来ていて、それに坂本龍馬が乗せられ、操られていたと言う事が出来ます。

ロスチャイルド家は クリミア戦争でも 大きな利益を 上げました 27

ちなみに、日露戦争の戦費の70%はロスチャイルドとロスチャイルドと血縁関係にあるシフのクーン・ローブ商会から出資されており、当時の公債の金利相場は2%ほどでありましたが、契約で4.5~6%の金利をロスチャイルドに払わねばならず、日露戦争の本当の勝者はロスチャイルドであったと言われています。

「グラバー商会」はジャーディン・マセソン商会の代理店である 26-2

ロスチャイルドグループであるLVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシ-)の洋酒販売部門は、元ジャーディン・マセソンとダルモア蒸留所の合弁洋酒会社(ジャーディン・ワインズ&スピリッツ)からジャーディンが合弁から離脱し、LVMH傘下となり、MHDディアジオ・モエ・ヘネシーという会社になったものです。

アヘンで 莫大な富を築く サッスーン財閥も ロスチャイルドの 仲間 26-1

女性の方なら、サッスーンと聞けば、安室奈美恵が宣伝する、ファッション界でヘアースタイリストとして有名なヴィダル・サッスーンを思い起こすと思いますが、ヴィダルの息子が神戸のサッスーン邸に住んでいたデヴィッド・サッスーンで、先祖は「阿片王」のデヴィッド・サッスーンです。

ロスチャイルド家は 中国との アヘン貿易で 莫大な 富を得た 26

現在、イギリスで最大の銀行は、HSBC(香港上海銀行)でありますが、これは名前の通り、中国とのアヘン貿易で莫大な富を得たフリーメーソンやロスチャイルドのお金を取り扱う金融機関が必要となり設立されたものであり、その株主の大半は麻薬商人であったと言えます。

ロスチャイルド家は 金融資本家から 産業資本家へと 転換する鉄道事業 25

ロスチャイルド兄弟は、ベルギーの鉄道建設に融資するなど、ヨーロッパの最新の基幹産業である鉄道にいたるところで関与します。  これらの鉄道建設には莫大な資金が必要ですが、そのための起債はロスチャイルド家の得意とするところで、債権購入を一般に公募すると物珍しさも手伝って多数の民衆が押し寄せました。

ロスチャイルド一族はヨーロッパ最初の鉄道も手掛けたのである 24

当時、金融関係の仕事しかしていなかったロスチャイルド一族ですが、イギリスでの鉄道成功を見て、兄弟を集め、それぞれの国で、いち早く鉄道建設の利権を確保して融資にふみきるよう勧め、これにオーストリアのソロモンがとびつき、その正確ながらにじっくりと調査し、着実に計画を進めて、1835年帝国政府から鉄道事業免許を取り付けます。こうして、ヨーロッパ最初の鉄道は、ウィーンと北部のボヘミア間、およそ96キロメートルの長さで着工されます。

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