反ユダヤ的な人たちが支持され憂うべきことはたくさんあります!? 

Illustration: Fanatic Studio / Gary Waters / Getty Images

ユダヤ人が金持ちであり、世界を牛耳っているという固定観念は日本でもさほど珍しいものではないだろう。だが、そもそもこの無根拠な言説はどこから来たのか? そして、なぜいまふたたび問題になっているのか? 米大手ユダヤ系メディア「フォワード」が探る。

あの古い冗談をご存じだろう。あるユダヤ人がナチスの新聞を読んでいる。友人にその理由を聞かれた当人はこんなふうに答える。

「普通の新聞を読むと、お先真っ暗で、反ユダヤ主義ばかりさ。だけどナチスの新聞を読むと、われらユダヤ人が大活躍なんだよ! ハリウッドは牛耳るわ、メディアは支配するわ、みんな金持ちの医者か弁護士か銀行員だし」

スポンサーリンク

もちろん、それはどれも反ユダヤ主義的な陰謀論であり、ゆえに冗談なのだ。だが、そこには一片の真実がある。ユダヤ人に対する固定観念は、妙に褒めているように聞こえることがあるのだ。

本名をイェに改めたラッパーのカニエ・ウェスト(反ユダヤ的な発言が多い)でさえ、親ユダヤ的な発言をしているように聞こえることもある。保守派コメンテーターのタッカー・カールソンの番組に出演したとき、ウェストは自分の子供たちが学校で「クワンザ」(アフリカ系米国人の冬祭り)の代わりにハヌカー(ユダヤ教の冬祭り)を習えばよかった、そうすれば、「金融工学」を学べたのにと発言した。

スポンサーリンク

ウェストは2015年にも、ユダヤ人による情報共有や支配、富をめぐる陰謀論について語り、これは反ユダヤ主義ではないと断言した。ウェストは言った。

「これは褒め言葉なんだ。俺はユダヤ人が大好きだ」

ウェストだけではない。ユダヤ人をめぐる彼の反ユダヤ的な発言はほんとうに褒め言葉なのだと言って、ウェストを擁護しようとした人たちもネット上にはいた。

ドナルド・トランプやミッチェル・レイノルズ(ともに共和党)をはじめとする政治家たちも、ユダヤ人が商売や金融に長けているといった発言をし、あとになってそれは悪気のない評価だと言い訳した。

スポンサーリンク

ほかの集団に対する固定観念は、露骨に中傷的だ。ではどうして、ユダヤ人に対する固定観念はこんなにも違うようになったのか? それはあからさまな侮辱と同じくらい有害なのか?

ユダヤにまつわる『シオン賢者の議定書』

ユダヤ人にまつわる否定的な固定観念は数多くある。ユダヤ人は信用できない、弱い、欲深い、醜いといったものだ。ユダヤ人がキリスト教徒の子供の血を飲むとされた「血の中傷」のような奇妙なものもある。

だが、ユダヤ人をめぐる通説を変えたのは、1903年、ロシアで最初に出回った『シオン賢者の議定書』と呼ばれる論文だった。ユダヤ人指導者たちの協議会によって書かれたように偽ったこの論文は、ユダヤ人が世界を支配する計画をまとめたものだった。

スポンサーリンク

「私が考えるに、『議定書』に凝縮されているのは、反ユダヤ主義の本質、つまりユダヤ人には有害な力があるという考えです」と言うのは、「名誉毀損防止同盟(ADL)」(1913年創立のユダヤ系NGO)副理事のケネス・ジェイコブソンだ。

「反ユダヤ主義者にとって、ユダヤ人は見た目どおりではありません。ユダヤ人の実情は隠された、より強力なものと映っているのです」

こうした考えによって、反ユダヤ的な陰謀論はなんらかの根拠の必要性を回避できてしまう。根拠がないことこそ、欺瞞に満ちた狡猾なユダヤ人の本性を証しているというわけだ。ジェイコブソンは言う。

「ユダヤ人、それもよりによって、なんの権力も持たないロシアのユダヤ人が集結して世界を乗っ取るなどという発想は荒唐無稽の極みですが、それでもものすごい反響がありました」

『議定書』は、ユダヤ人の支配と権力をめぐる陰謀論の最初の例というわけではなかった。それでも、その影響はずっとあとまで残った。ジェイコブソンはその理由として、この論文が出版された時代を挙げる。20世紀初め、都市化によって人々の生活、アイデンティティ、経済事情が大きく変わり、不安な雰囲気が醸成された。

スポンサーリンク

「昔から数え切れないくらい言われてきたことですが、政治的、社会的、経済的理由などにより不安な状態で暮らしている人々は、身代わりを求めます。身代わり以上に求めるのが、自らを納得させる真相です。ユダヤ人は力があるという説は、その点で最適な陰謀論なのです」

「ロンドン・タイムズ」が1921年に『議定書』は偽造されたものだと暴いてからでさえ、多くの言語に翻訳され、世界中に広まった。そして反ユダヤ主義者たちがこの論文を引用しようがしまいが、あるいは知っていようがいまいが、間接的にその考え方に影響を与えているのだ。

スポンサーリンク

『シオン賢者の議定書』の口絵にオカルトのシンボルが描かれた1912年ロシア語版

『シオン賢者の議定書』の口絵にオカルトのシンボルが描かれた1911年ロシア語版
Photo: Wikimedia Commons

スポンサーリンク

ユダヤに対する白人社会への脅威

大方の人種差別的な固定観念では、もう一方の集団をけなし、相手を自分たちより低く、好ましくない、無価値なものとして位置づけることに重点が置かれている。

ユダヤ人に対する固定観念のなかにはそういうものもある。たとえば、意気地なし、ダサい、弱い、かぎ鼻、ギラギラした目つきといったユダヤ人の風刺などがそうだ。ところがユダヤ人の力に対する固定観念となると、また違った作用があるのだ。

ユダヤ人に対する固定観念をほかの集団に対する固定観念と比べると、そこまで悪質でないように見える。

スポンサーリンク

だが、ユダヤ人の富や支配にまつわる固定観念は、ユダヤ人を白人至上主義者や反ユダヤ主義者にとって不足ない敵対者に仕立ててしまう。無視したり締め出したりするだけでは済まない、恐れるべき、打倒すべき集団になるのだ。ジェイコブソンは言う。

「ドイツのゲッベルスがまさにそうでした。つまり、ただユダヤ人を嫌うだけでなく、恐れねばならない、そしてそんなユダヤ人から自らを守らねばならないとドイツ国民を諭したのです」

スポンサーリンク

こうしたユダヤ人支配をめぐる考え方は、ほかのマイノリティをめぐる固定観念や陰謀論ともうまくかみ合う。白人至上主義的な陰謀論として根強い「グレート・リプレイスメント論」は、さまざまなマイノリティが世界を乗っ取り、白人の社会と文化を滅ぼそうとしていると断定する。

だが、大半の民族的マイノリティをめぐる固定観念が愚かとか弱いとかいったものであることを考えると、どこか別の集団が首謀して非白人たちを操っているはずだ。その集団がほかでもない、ユダヤ人というわけだ。

スポンサーリンク

ユダヤに対する陰謀論がメインストリームになる

ユダヤ人の富と権力と支配にまつわる陰謀論は、中世のユダヤ人金貸しや、キリスト教の聖書、『議定書』、ナチスのプロパガンダに根ざしている。「4chan」など、ヘイトスピーチや陰謀論が醸成されるネットの片隅にいる人たちも、そうした論を広めている。

だが、ウェストのような著名人が明らかに反ユダヤ的な発言をしたり、トランプが悪意に満ちた反ユダヤ主義者のニック・フェンテスに会ったりしているうちに、陰謀論的な考えがメインストリームになってきているのだ。

ジェイコブソンによれば、ウェストやトランプなどの反ユダヤ的な考えをあからさまに喧伝する著名人のせいで、ユダヤ人に反感を抱く人が増えたという根拠をADLは見つけていないという。

ADLが実施した最近の調査でも、反ユダヤ主義に対するアメリカ人の態度は比較的落ち着いており、アメリカ人の11〜14%が反ユダヤ的な考えを保持しているという結果が出た。問題は、数的な増加ではなく、反ユダヤ的な考えがメインストリームになることだとジェイコブソンは言う。

スポンサーリンク

反ユダヤ的な考えを保持するアメリカ人が15%未満だとしても、3000万人ほどがユダヤ人に憎悪の念を抱く、あるいは脅かされていると感じながら生活していることになる。彼らはただ、そうした考えに基づいて行動してみようという気になっていないだけなのだ。

「アメリカ国民がより反ユダヤ的になっているとは思いませんが、反ユダヤ的な人たちが支持されすぎているのです。憂うべきことはたくさんあります」

スポンサーリンク