52.アドラーの「普通人」 として、腹をくくって、生きる    

52.アドラーの「普通人」 として、腹をくくって、生きる

「普通の自分」 が、受け入れられないと、 「特別によい子」 から、 「特別に悪い子」 へと、極端に飛躍する。
この本には、このように、書かれていました。
それでは、この 「普通」 とは、一体、どのくらいの範囲 のことを、言うのでしょうか。
私の場合、99.9%以上を、 「普通」 と考えています。

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たとえば、プロ野球で言えば、イチロー選手は 「特別」 ですが、松井秀喜さんは 「普通」 。
もちろん、松井さんも、すごいのですが、それは、従来までの 「常識的なカテゴリーの範囲内」 に、おいてのことです。
私は、ON (王貞治さんと、長島茂雄さん) 時代を、知っているせいか、松井さんや原辰徳さんレベルでは、 「特別」 と、感じられません。
ところが、イチロー選手は、まったく異質なので、 「特別」 に、区分しました。

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ここまで 「普通」 の範囲を拡げると、世の中の人の大半が、 「普通」 の範囲内に収まります。
もちろん、自分も、 「普通」。
生まれ変わらない限り、自分が 「特別な人」 になることなど、ありえません。
だから、今の人生は、 「普通人」 として、生きていこう、と、腹をくくる ことができます。

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「普通人」 には、特別な才能もなければ、特別な幸運もありません。
だから、幸せに生きたければ、様々なことが、要求されます。
キーワードで言えば、努力、誠実、責任、正直、協力、貢献、健康、忍耐、決断、遠慮、などでしょうか。
ただし、これらは、 「特別な才能」 と違って、自分の意思と努力によって、改善することができます。

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かつての同級生、先輩、後輩のうち、 「特別な人」 たちは、主に、上場企業のエリート社員や、官僚、学者、医師、弁護士になりました。
これらの職業に就いているから、 「特別な人」 という意味ではありません。
このように考えると、 税理士などは、ほぼ全員が 「普通人」。
もし、 「特別」 と、考えていたら、よほどお目出度い人物と、言わざるをえません。

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私は、この 「普通人」 としての人生を、満喫しています。
海外旅行に行かなくても、ただ道を歩いているだけで、十分、楽しむことができます。
また、幸いにも、 「味覚」 より 「食欲」 で食べるタイプなので、何を食べても、たいてい美味いと感じます。
さらに、周囲の人も、ほぼ全員が 「普通人」 なので、いちいち、人を上下に分けて、態度を変える必要もありません。

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