53.アドラーの「普通人」 だから、不利なこと、有利なこと   

53.アドラーの「普通人」 だから、不利なこと、有利なこと

「普通人」 は、無数にいます。
それが原因で、不利なことと、有利なこと があります。
「何が不利なのか」 を自覚して、注意しながら、生きていくこと。
「何が有利なのか」 を自覚して、それを生かして、生きていくことを、心掛けています。

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まずは、不利なこと。
最も大変なのが、 自分の代わりなど、いくらでもいる、 という点です。
だから、気を抜き過ぎると、ポジションを失います。
注意すべきは、ほどほどの緊張感を、長く、維持することでしょう。

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次に、災難と思われるのが、 「特別であろうとする人」 に、騙されやすいこと。
私は、10代のころ、 「特別な人」 たちと、数年間、過ごしたことがあります。
だから、 「特別であろうとする人 (偽物) 」 が、 「特別な人 (本物) 」 ではないことに、早く気づくことができます。
ところが、 「特別な人」 に接した経験が、ほとんどなければ、偽物に、騙されやすい のではないでしょうか。

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次は、有利なこと。
ひと言で言って、 「多数派」 という点に、尽きるのではないでしょうか。
市場に出まわるサービスや商品のうち、最もコストパフォーマンスが高いのは、 「普通人」 向け のものです。
このレベルで悪くなければ、衣食住を、経済的に済ませることができます。

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また、同じ悩みを抱える者も、多数いるので、簡単に、他人と共感しあうことができます。
さらに、鋭い知性や感性など、もともと、持ち合わせていないので、悩みそのものが発生しにくい。
悩みの大半は、妄想に過ぎないので、健全な精神を維持しやすい。
「普通人」 なので、犯罪の標的になりにくい、など、有利なことは、数知れません。

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若い人の中には、深い悩みに入り込んで、抜け出せない人がいます。
このような人たちは、自分が 「特別な人」 ではないかという望みを、未だに、捨てきれていないのではないでしょうか。
自ら、自分を、難しい存在、つまり、 「他人に理解されにくい存在」 にしない ことです。
自分は 「普通人」 として、生きればよいことを、理解すれば、まったく違う、明るい人生が、開けてくると、私は思います。

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