15.アドラーは「他人の期待を満たす」 生き方をしません

15.アドラーは「他人の期待を満たす」 生き方をしません

アドラーは、「他者に承認を求めてはいけない」 と述べています。
「承認」とは 、「賛成」 「許可」 「承諾」 などの意味で、通常は使われます。
しかし、この 「嫌われる勇気」 では、主人公の青年が、 「親に認められたかった」 と話しています。
だから、 「他人に認められる」 さらには 「他人から評価を得る」 という意味で、使われているのではないでしょうか。

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それでは、なぜ 「他者から承認を求めてはいけない」 、言い換えると 「他人の評価を求めてはいけない」 のでしょうか。
それは、 他人に対して評価を求めるようになると、他人の期待を満たそうとしてしまう からです。
たとえば、親の期待を満たそうとして、親の意思を尊重するあまり、自立や結婚のチャンスを逃す人。
周囲の期待に応えようとして、つまらない相談に時間を費やすあまり、自分のことが疎かになっている人など。

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私たちは、他人の期待を満たすために、生きている訳ではありません。
「自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるのだろうか」 。
これは、この本で紹介されているユダヤ教の教えです。
他人の期待を満たす生き方は、けっきょく他人の人生を生きることになり、自分の人生を空虚なものにしてしまうのです。

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人生の最終目標は、 「自己実現」 と 「社会貢献」 にあります。
自己実現は、自分の長所を発揮するために、精一杯、自分らしく生きなければ、達成することができません。
このように、 自分の生き方を満たして、初めて他者に貢献、つまり社会貢献できる ものです。
これら2つの目標に近づくためにも、私たちは、必ず、自分の人生を生きなければならないのです。

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それは、自分だけではなく、世界中のすべての人についても、言えることです。
つまり、周囲の人たちも、皆、自分の人生を、一所懸命、生きるべきなのです。
決して、私の期待を満たすために、生きてはいけません。
だから、もし、 相手が私 (自分) の思い通りにならなかったとしても、むしろ健全な関係 と言ってよいのではないでしょうか。

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もちろん、家庭や職場、社会において、決められたルールは、守らなければいけません。
しかし、それ以外の部分では、相手の期待を満たそうなどと、あまり、考えないことです。
まずは、自分自身の人生を、しっかり生きること。
また、周囲の人たちにも、私 (自分) の期待など、満たさなくてもよいことを、それとなく伝えるべきでしょう。

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