69.アドラー「行動の否定」 と 「人格の否定」 を混同しない   

69.アドラー「行動の否定」 と 「人格の否定」 を混同しない

最近、また、マイナスの過去を、増やしてしまいました。
9月11日 (木) の朝、 学生時代の友人、J 君が、息を引き取りました。
実は、9月6日 (土) に、同じく学生時代の仲間だった Y 君 から、 「そろそろ危ない」 と、連絡を受けていたのです。
ところが、疲れが残っていたため、見舞いに行くのを、3連休 (13~15日) まで、延ばしてしまいました。

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学生時代、100%外食派の私は、まめに自炊する J 君の下宿で、よく、ご飯を食べさせてもらったものです。
また、引っ越しも手伝ってくれるなど、本当に長い時間を、いっしょに過ごしました。
今でも、様々なシーンが、思い出されます。
だから、 訃報を聞いたときは、 「どうして、すぐに会いにいかなかったのか」 と、猛反省しました。

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昨年7月に、病名を聞いた後は、定期的に電話を入れ、病状を確認していました。
最後に会ったのが、亡くなる 3 ヶ月前、すでに、相当、衰え、体重の減少を嘆いていました。
葬儀場で、最後にかけた言葉は、 「あの世でまた会おう」 です。
私自身、 この後の人生を、彼の分まで、しっかり生きよう と思います。

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私は、マイナスの過去のうち、他人が原因であるものは、課題の分離によって、切り捨てます。
反対に、 自分が原因であるものは、しっかりと、胸に刻み込む ことにしています。
そして、同じ過ちを、繰り返さないこと。
過去に、応援してくれた人たちのためにも、その後の人生を充実させることを、心掛けています。

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以上のことを、実践するためには、 「自分が原因」 と気づき、潔く認め、長く記憶に、留めなければいけません。
「罪を憎んで人を憎まず」 と言われますが、 罪とは 「行動」 に対するものであり、 「人格」 に対するものと、区別すべき です。
これらを混同すると、全人格を否定するものと感じられ、他人や過去のせいにして、逃げる原因にもなります。
罪は罪として、憎み、同じ過ちを、二度と、繰り返さないようにしたいものです。

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プラスの過去も、マイナスの過去も、すべて自分が選択した結果、つまり自分の人生の一部 です。
だから、 「目的論」 でお話ししたとおり、自分の人生に対して、主体性を持つべきです。
そうすれば、どちらの過去も、財産として、その後の人生に、生かすことができます。
なぜなら、これらは、他人事ではなく、すべて自分が経験したものだからです。

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