ロスチャイルドとルイヴィトンをもう少し詳しくお話します 37

ロスチャイルドとLVMH (ルイヴィトン・モエ・ヘネシー)をもう少し詳しくお話します

このLVMH(ルイヴィトン・モエ・ヘネシー)という長ったらしい名前は、

ヴィトン家、モエ家、ヘネシー家の3家族の合成語で、1987年に、

ルイ・ヴィトンと、モエ・ヘネシーとの合弁により、LVMHが誕生しました。

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1989年には、バックに留まらず、本格的にファッション業界にも進出し、

デザイナーに、マーク・ジェイコブスを迎えてプレタポルテを発表し、

今日のLVMHは、クリスティアン・ディオールやフェンディなど

有名ブランドを傘下におさめる巨大ブランド企業に成長しています。

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ルイ・ヴィトンが創業した1854年は、どのような時代だったのでしょうか?

1830年、イギリスのマンチェスターとリバプール間を

ジョージ・スティーブンソンの考案した蒸気機関車が鉄道の上を走り、

当時未だ金融業しか営んでいなかったロスチャイルド一族の5人の兄弟は、

鉄道の成功を見て、緊急会議を開き、産業界にも進出する事を決めました。

ロスチャイルド(ウイーン家)のサロモンは、1835年にオーストリア政府から

鉄道事業の免許を取りり付け、ウイーンとボヘミア北部を結ぶ、

ヨーロッパ大陸初の鉄道をつくり、フェルディナンド皇帝鉄道と名付けました。

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ロスチャイルド(パリ家)のジェームズも、

セーヌ川沿いに走るパリとサン・ジェルマンを結ぶ、

ヴェルサイユ鉄道を完成させた後、1846年にはパリとヨーロッパ北部を結ぶ、

本格的な長距離鉄道、「北部鉄道」(Chemin de fer du Nord)を開通させ、

これが後にフランス政府により国有化され、フランス国鉄(SNCF)の母体となります。

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フランスのかばん職人である、ルイ・ヴィトン(1821-1892)が

トランク工場を創設したのは、1854年の事であり、

このようにヨーロッパで鉄道ブームがおこった時期です。

モエ家は、ロスチャイルド一族が支配するフランスの兵器メーカーの

シュネーデル社を創設したシュネーデル家の一族で、

コニャックで有名なヘネシーのヘネシー家も、

ロスチャイルドの中枢を成す一族で、この豊富な資金を使って、

他のブランドを買収し、LVMHはファッションブランド界を支配するようになりました。

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どのような関係があって、かばん屋のルイ・ヴィトンが、ファッション界に進出するようになったのでしょうか?

ファッション業界の風雲児、ベルナール・アルノーの名前は

聞いた事があると思いますが、1985年にわずが35歳で、

クリスチャン・ディオールの社長に就任し、1987年にはLVMHの社長に就任、

その後もクリスチャン・ラクロア、セリーヌ、ジバンシーまで買収してしまいました。

このファッション業界の帝王、ベルナール・アルノーが1973年に結婚した相手が、

アンヌ・ドワランで、このドワラン家(ロスチャイルドの親戚)は

毛織物で巨万の富を築いた一族で、ジャーナリズム「フィガロ」の大株主でもあります。

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クリスチャン・ディオールの歴史は、繊維王マルセル・ブサックが、

第1次世界大戦で、軍服の製造で財を成した戦争成金が基礎となり、

ブサックはフランス生まれのクリスティアン・ディオール(1905-1957)の

才能に目をとめ、彼の援助の下でディオールはパリ・モンテーニュ通りで、

1946年に独立し、「クリスチャン・ディオール・オートクチュ-ル・メゾン」が誕生します。

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この繊維王国ブサック社を、ロスチャイルドファミリーであるジレ家が買収し、

全世界にディオール旋風が巻き起こりました。

さらに、ディオールを買収したLVMHにより、

ディオールは完全にロスチャイルドの支配下に入り、

LMVHがファッションの業界でも世界をリードするようになったのが、背景です。

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全世界の女性を魅了してやまないルイヴィトンのバックですが、

今後LMVHは洋服のファッションでも皆さんを魅了してゆくに違いありません。

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