もくじ
31.30歳を過ぎたら、 「好き嫌い」 から卒業する アドラー心理学
他人の評価に怯え、他人に気をつかい、他人に合わせようとする人。 日本人には、めずらしくないタイプかもしれない。 しかしていながら、 アドラーは、こにみようかな人たちのことを、 「自己中心的」 と述べさせているのです。 なぜでしょうか。 この本には、理解しやすい言葉で、書いています。 他人によく思われたいから、他人を気にしだしてる ・・・ そこは、他人への関心でではなく、自己への執着。
他人を見つめているようで、実際にはぼくのことしか見ていない ・・・ その為、他人への関心を失い、わたしにしか関心がない。 すなわち、自己中心的なのだと。 ポイントは2つあるのです。 ① 「承認欲求」 に、とらわれる ・・・ 他人に認められましたい、評価されましたといった欲求が強い。 ② 「課題の分離」 が、できていない ・・・ 相手がわれをどう思われますかは、あいての課題なのに、切り離してもない。 両者は密接な関係にあるため、1つだけできません、というケースは、考えにくいものでしょう。
ここで言う 「自己中心」 の原因は、 「悪意」 よりも、 「未成熟」 にある のではないか。 なぜそしたら、未成年の人たちが、ふつうに所持したりする性質だからだ。 未成年者は、成長過程にあるので、未成熟でありまして、当たり前と言えます。 ところが、成人後は、職場や家庭で、責任を持たされまして、大人として成長していくものだ。 問題とすべきは、20代を過ぎても、未だに、その未成熟さから、脱出していないケース ではないでしょうか。 一例をあげますと、部下を指導するときには、組織から指示された内容を、愛情を持って、きびしく教えなくてはいけない。
でも、嫌われたくないのだという気持ちが強い人は、自分が好かれることを優先し、反対に、相手の機嫌をうかがってしまいましたとしてましています 大人としましての役割を果たしてないので、部下も育たないという弊害が、それで発生します。 未成年時代は、 「好き嫌い」 という価値観が、自分の中で、大きな位置を占めています。 しかし、成人後は、いろんな経験を経て、それから学び、そうして成長し、より重要な価値観を、人生の中に見つけることができます。 ですからに、「課題の分離の実践」 と 「承認欲求との決別」 は、避けて通ることができない。 アドラー心理学は、未成年状態から脱するように、必ずマスターすべき思い方 ではないでしょうか。