26.アドラーの「他人に求める」 から 「自分に求める」 の転換 

26.アドラーの「他人に求める」 から 「自分に求める」 の転換

他人が、自分のことを、どう思っているのか。
このようなことが気になり始めたら、その時点で 「弱者の立場」 を、選択 したことになります。
なぜ、 「弱者」 なのか。
その理由は、 「他人に(評価を)求めている」 点にあります。

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人間社会は、 「他人に与える者が強者」 で、 「他人に求める者が弱者」。
これは、太古の昔から決まっていることです。
お互いに求め合う場合でも、より多くを求める方が 「弱者」 の立場に立たされます。
弱い生き方を選択したくなければ、できる限り、他人には求めないことです。

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ただし、 「求めない」 だけでは、豊かな人生は、実現しません。
そこで 「求める人」 から、 「求めない人」 を飛び越え、一気に 「与える人」 を目指す べきでしょう。
たとえば、給料以上の仕事をする、価格以上のサービスを提供する、困っている人がいたら、進んで助ける。
ここで見返りを期待すると、 「求める人」 に逆戻りするので、絶対に見返りを期待しないことです。

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この生き方を実践するためには、 「他人に与えても、自分の生活が維持できるレベル」 まで、能力を高める必要があります。
「他人に与える」 ためには、自分の能力を高めなければならない、つまり 「自分に求める」 必要があるということです。
他人に求める → 他人に求めない → 他人に与える → 自分に求める。
この発想の転換により、能力が高まると同時に、精神的にも強くなり、人生がよい方向へ進み始めます。

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トラブルが起きた場合、 「求める人」 は、自力で解決しようとしないため、適当な援助者がいなければ、行き詰まります。
しかし、 「与える人」 は、 「与える」 ことを中断して、自分のことに専念すればよいだけのことです。
また、 「求める人」 は、相手に裏切られると、ダメージが大きいものですが、 「与える人」 は、相手に与えるのをやめるだけです。
つまり、 「求める」 生き方は、相手に主導権がありますが、 「与える」 生き方は、自分に主導権があります。

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お金やモノをベースに、目先の損得だけを考えると、 「与えるのは損」 と、思われるかもしれません。
しかし、目に見えない 「能力」 や 「精神」 などをベースに、最終的な人生の豊かさを考えると、 「与えるのは得」 になります。
人生とは、実は 「他人に求める者は貧しく」 なり、 「他人に与える者は豊か」 になるもの かもしれません。
私の場合、誰かに与えていると、忘れたころに、まったく違う誰かから、もっと大きなものを、与えられることがあります。

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