21・勧善懲悪の判断に迷ったら勧善懲悪とは何か?

勧善懲悪の判断に迷ったら勧善懲悪とは何か?

まず、”善とは何か “について考えてみましょう。

“善 “とは、道徳的に正しい行為、社会的に価値のある行為、などです。

具体的には、電車やバスでお年寄りや体の不自由な人に席を譲ることや、

地震などの災害で困っている人を助けることなど、人の役に立つ行為のことです。

また、私たちが普段行っている仕事も、人の役に立っていれば「良い仕事」と言えます。

では、”悪 “とは何かを考えてみましょう。

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“悪 “とは、道徳的に間違ったこと、反社会的なこと、迷惑なことです。

具体的には、人の物を盗む泥棒、人を騙してお金を奪う詐欺行為、

人の心や体を傷つける暴力行為など、人に対して迷惑をかける行為のことです。

また、働けるのに働かずにダラダラと生活することも悪いことです。

つまり、「善」とは、人を助けたり、人を喜ばせたりするような、

人の役に立つ価値ある行為のことです。

一方、「悪」とは、人に迷惑をかけたり、悩ませたり、

悲しませたりするような、人にとって不利益なことをすることです。

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なぜ悪いことをする人がいるのか
善悪を判断するとき、多くの人は自分の都合を優先させます。

人が「何が善で何が悪か」を判断するとき、自分が良いと思えば善、

悪いと思えば悪と判断します。つまり、

自分が人よりも優れていれば良いということです。

これまでの人生で経験したことや教わった知識をもとに、

自分が良いと思えば “善”、悪いと思えば “悪”。と決めています。

どうなるかというと、人それぞれ育った環境が違うので、

「善悪」の判断基準が人によって違うのです。

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これはある程度仕方のないことのように思えますが、

判断基準が大きく異なると、社会に適応できない人が出てきます。

判断基準が大きく異なる人は、法律に違反して犯罪者になってしまいます。

犯罪者は自分が悪いことをしたとは思っていません。

周りの大多数の人にとっては明らかに悪なのですが、それを悪と理解できないのです。

悪いことをしていると理解していれば、

犯罪をしているわけではありません。正しいことをしていると自分を正当化するのです。

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悪いことをしている人は、子供の頃から

間違った価値観で教育されているので、

正しい “善悪の判断 “ができないのです。

善悪の判断の仕方

では、自分がこれからやろうとしていることや、

すでにやってしまったことが「良いこと」か「悪いこと」かをどうやって判断するのでしょうか。

善悪」の判断基準は、”自分が相手にしたことを、

自分の立場に置き換えて考える “ことです。つまり、

自分のことと相手のことを考えるのです。

例えば、学校や仕事から帰ってきたら雨が降っている。

あいにく友人は傘を持っていませんでしたが、

2本あれば1本を友人に貸してあげました。

このとき、もしあなたが友達だったらどう思いますか?
きっと「ありがとう」と友達に感謝するでしょう。

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このように、自分が人にしてほしいことをするのは「善」です。
反対に、自分が嫌だと思うことを他人にするのは「悪」です。

自分を相手の立場に置き換えて考えてみると、正しい「善悪」の判断ができます。

自分の行動が「善か悪か」を迷ったときには、

この方法で正しい判断をすることができます。



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