49.アドラーの「自分のために」 が、人生を苦しくする 

49.アドラーの「自分のために」 が、人生を苦しくする  

人間にとって、最大の不幸は、自分を好きになれないこと。
それでは、どうすれば、自分のことを、好きになれるのでしょうか。
「方法は1つしかない」 と、アドラーは述べています。
それは 「貢献感」 を持つこと。

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貢献感とは、 「私は共同体にとって有益である」 「私は誰かの役に立っている」 といった思いです。
この貢献感は、 「自らに価値がある」 という実感を、もたらします。
その結果、自分のことを、好きになることができるのです。
私の場合、 「好き嫌い」 という思いが、希薄なせいか、自分に対しても、他人に対しても、好き嫌いを、感じない方ですが。

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私の両親は、戦前教育の影響を色濃く残す、最後の世代、昭和一桁生まれです。
おかげで、子供の頃から 「世のため、人のため」 と言われて、育ってきました。
だから、 自分の内面には、ほとんど関心がなく、常に自分の外側の世界に対して、強い興味を抱いていました。
人、物 (お金) 、事の中では、圧倒的に 「事」 に関心があります。

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ところが、昭和二桁生まれ、さらに戦後生まれの親の中には、 「自分のために生きなさい」 と、主張する人も増えました。
10年以上前のことですが、精神科医の本を読んだところ、 「自分の内面に強い関心を持つのは危険」 と書かれていました。
なぜなら、自分の内面に深入りすると、迷路に入り込み、抜け出せなくなるからです。
前述の親たちに、悪気はなかったかもしれませんが、 「子供を窮地に陥れるかもしれない」 と、私は見ていました。

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ここで、 「貢献感」 を得るために 「他者承認」 を求めてはいけないのか、という疑問が湧いてきます。
この疑問に対して、この本では、次のように答えられています。
他者に承認を求めると、他者の望みを満たそうとする生き方になるので、そこには 「自由」 がない。
つまり、 自由のない幸福は、幸福ではない とのこと。

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さらに、制度としての自由は、国、時代、組織、文化などによって違うが、対人関係における自由は、普遍的なもの。
「私は誰かの役に立っている」 という幸福感があれば、他者の承認は必要ない。
承認欲求にとらわれている人は、いまだ共同体感覚を持てておらず、自己受容や他者信頼、他者貢献もできていない。まったく、その通りですね。

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