ジャニー喜多川は少年たちを手なずける「グルーミングの達人」

Illustration by Vincent Lefrançois

多くのテレビ局プロデューサーはいまも、ジャニーズJr.が寝泊まりしていた「合宿所」こと喜多川の自宅マンションで長年続いていたことに見て見ぬふりをする。

局内には、ジャニーズ事務所を怒らせることへの恐怖と忖度の入り混じった空気が漂っていると、あるキー局のプロデューサーは話す。誰に言われるともなく、喜多川のやったことは口にしてはならないという、暗黙の了解があるというのだ。

ジャニーズ事務所に入ったものの、売れっ子になるための代償を知って逃げ出した有名スターを知っていると、このプロデューサーは話す。

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「僕と仲の良い有名なタレントさんは『嫌だ!』って逃げたんです。でもそれを受け入れる子供たちには『これを我慢すれば有名になれるんだ』という気持ちがあったと思う。ジャニーさんはひょっとしたら、その少年たちの心を利用して自分の欲望を満たしていたのかもしれない」

「当然、ジャニーさんのやったことは悪いですよ。でも少年たちの東京ドームでコンサートがしたい、テレビに出たいといったピュアな気持ちをジャニーさんは大切にしていて、それを手助けしてあげようっていう思いだったのでは」と、このプロデューサーは一定の理解を示す。

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だが、業界の権力者が立場の弱い子供たちの向上心や純粋な気持ちに巧みにつけ込んで、手を伸ばしていたのだから、それは「手助け」ではなく「犯罪」である。

しかも喜多川は、狡猾にも「これを我慢しないと有名になれないよ」と明言することなしに、少年たちに暗に強いる空気を作っていた。

オカモトは「もちろん直接ジャニーさんが、それをしないと売れないよとは言わないんですけど、そもそもジャニーズっていうのは、ジャニーさんが気に入っている子たちがデビューするので」と語っている。

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「ジュニアのなかでも『(ジャニーさんの)マンションに行かないと売れないよね』とか、むしろ『自分から行かないといけないよね』みたいなことが多かったので、その認識はみんな持っていたと思います」

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ジャニーズ事務所には何度も取材を申し込んだが、回答は得られなかった。

被害少年たちの複雑な感情

驚くべきことに、性的虐待を告発した被害者の多くが、いまも喜多川に感謝の気持ちを表明する。フォーリーブスの北でさえ、2012年にがんで死去する直前のブログで、ジャニー喜多川とメリー喜多川に対する感謝の言葉をつづっている。今回会見したオカモトも、芸能界に入るきっかけをくれた喜多川に感謝していると語った。

喜多川は、有望な新人は自ら指導することで知られた。その対象となった元アイドルのなかには、喜多川への愛情を口にする者さえいる。

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「兄のような存在だった」と、ある人物は語った。

「何でも話ができたし、気持ちが若い人だった。『ガラの悪い連中と付き合ってはいけない。イメージが悪くなるから』といったアドバイスもくれた。愛情表現が豊かな人で、よく顔を押し付けてきたり体を触ってきたりしたけど、僕にはそれ以上のことはなかった」

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こうした発言は決して珍しいものではない。虐待の被害者は、加害者に対して複雑な感情を抱いていることが多いのだ。

BBCのアザーに言わせれば、喜多川は実に巧妙な性的虐待者だった。子供や若者と信頼関係や感情的つながりを構築することで、相手を手なずけ、操り、搾取し、虐待を働く──いわゆる「グルーミング」に非常に長けていたのだ。

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忖度のNHKとケジメのBBC

オカモトは、喜多川を取り囲む「沈黙の壁」を破った人物として歴史に名を残すだろう。これまでの告発とは異なり、彼の会見はすべての主要メディアで報じられた。

ただし、それは臆病なほど慎重な取り上げ方だった。たとえばNHKは、会見翌日の夕方にようやく短いニュースで報じただけでなく、その時間の半分をジャニーズ事務所が出したコメントの紹介に使った。オカモトが語った内容を伝えるのと、ほぼ同等の尺をジャニーズに与えたのだ。

BBCのドキュメンタリー放送後、同じような芸能界絡みの性的虐待として改めて注目が集まったのが、英国の人気司会者ジミー・サビルのケースだ。

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サビルの死後、複数のドキュメンタリー番組が制作されたほか、BBCは事件を描いたミニドラマを制作して、年内にも放送を予定している。

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「だが日本のメディアでは、喜多川について同じようなことが起きていない」と、アザーは指摘する。サビルと喜多川の事件の教訓は、ジャーナリストがもっとしっかり仕事をしなければならないということだと、アザーは言う。

日本と英国の両方で育ったインマンは、日本の既存のメディアには、喜多川の性的虐待をきちんと検証して伝えることはできないとの見方を示す。

はたして変化は訪れるのか。

NHKのあるプロデューサーは懐疑的だ。「この業界はまだ、ジャニーズ事務所とのつながりが強すぎる」と言う。

ただ、1999年の告発と今回の大きな違いは、インターネットの存在だと週刊文春の矢内は指摘する。いまはアイドルを目指す子供や親を含め、誰もが喜多川に関する告発をオンラインで読むことができる。それは、大手メディアの生ぬるい報道の仕方や忖度ぶりを一段と際立たせることになっている。

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時代はもう「ジャニーズって、何それ?」

すでにテレビに対する信頼は低下しており、若者のテレビ離れも急速に進んでいる。10代と20代の若者では、テレビをまったく見ない割合が10%にも達する。ジャニーズ事務所の機嫌を取ることで、「メディアは自分の首を切っている」と矢内は言う。

喜多川がすでに他界していることも、今回の告発がこれまでとは異なるインパクトを持つ可能性を示唆している。現在、ジャニーズ事務所を仕切っているのは、メリー喜多川の娘である藤島ジュリー景子だが、金の卵を次々発掘してきた喜多川がいない以上、凋落は避けられないとの見方は強い。

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「しばらく前からジャニーズ事務所は衰退しているとみられています。最大の理由はK-POP革命ですが、ジャニー喜多川の如才なさと芸能界を動かすパワーが衰えたことも大きいですね」

そう語るのは、J-POPに詳しいマイケル・ファーマノフスキー龍谷大学教授だ。

「性的虐待問題はジャニーズ事務所が時代遅れになっていることの、さらなる証左です。最近は、ジャニーズを卒業してK-POPにはまる少女たちの年齢がどんどん低くなっている。私の大学でも、女学生の15~20%が熱心なK-POPファンで、ジャニーズを追いかけているのは5%ぐらいですね」

結局のところ、ジャニー喜多川が築いた一大帝国を崩壊させるのは、創業者の醜聞ではなく、ファンの心変わりなのかもしれない。

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